ウェッジウッド

0909

Wedgwood & Corporation Limitedのお話の続きです。

そしてエトルリア工場では、まずブラック・バサルト(Black Basalt)が開発されました。

これは、当時スタフォードシャー州で作られていた黒色陶器を改良したものでした。

今日まで会社の主力製品の一つとなっています。

さらに1774年にはジャスパーウェアが開発され、1790年にジャスパーによるポートランドの壺が作製されました。

この壺は1878年にウェッジウッド社の商標に組み込まれ、コーポレートアイデンティティの重要な要素となりました。

ジョサイア(一世)の死後、その息子であるジョサイア二世が経営を引き継ぎました。

二世はボーンチャイナの製造を試みたが生産はすぐに中止され、1878年にボーンチャイナ生産は再開されました。

以降、三世から五世まで経営は世襲され、1895年にジョサイア・ウェッジウッド・アンド・サン

ズ(Josiah Wedgwood & Sons)として会社が法人化されました。

 

エトルリア工場が開設されて150年以上が経つと、設備や敷地面積は限界に近づいていました。

このため6マイル離れたバーラストンへの工場移転が1936年に決議されました。

そして1940年から操業が始まりました。

この新工場によって、1950年代の生産は建設前の20倍以上に拡大しました。

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