Lord Mayor’s Show

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毎年11月の第2土曜日に行われるイベントです。

シティで最も華々しい行事、ロード・メイヤーズ・ショーが行われます。

黄金の馬車に乗った新市長のほか、伝統衣装に身を包んだギルド関係者や音楽隊、軍隊関係者などがあつまります。

なんと総勢7000人が闊歩する大行列があります。

花束や果物の贈物が観客に投げ撒かれ、噴水からワインを湧き出させたこともありました。

このパレードの由来は、1215年のジョン王の時代にさかのぼります。

獅子心王リチャード1世が戦争で残した債務の後始末に困った弟のジョン王がシティを味方

につけるためです。

イギリスでは1752年にユリウス暦からグレゴリオ暦に改暦されましたが、

そのとき11日間のズレが生じました。そのため、初回から500年以上続いていたパレードが11月9日に変更になったそうです。

さらに200年が過ぎて、交通渋滞を回避する目的で、1959年から11月の第2土曜日に変わりました。

市長の乗る黄金馬車は1757年製。王室のゴールド・コーチ、スピーカーズ・ステート・コーチと並び英国3大馬車と言われます。

約800年も続くこの伝統行事は、それはロンドン大火で一度中止になった経緯があるのですが、それ以降は続いています。

1852年11月にウェリントン公の国葬が聖ポール大聖堂で行われたからです。

ナポレオンを破った男の霊儀車は12頭の馬で牽引され、葬儀の列が5キロを超えたと言われます。

戦争、雷、火事、ペストにも負けなかった市長のパレードも、国民的英雄の葬列には敵いませんでした。

このパレード中止で思い起こすことがあります。シティでは、屋外の公共空間に戦争を鼓舞したり、特定の軍人を賛美するモニュメントは設置されません。ビジネス平和主義ですから。この方針が揺らいだのがナポレオン戦争のころ。戦時の愛国主義を背景に、軍人のモニュメントをシティにも建立せよ、と政治圧力が高まりましたが、長い議論の末、結局、ギルド・ホール屋内や聖ポール大聖堂の地下に展示することで落ち着きました。シティの名所に展示することで政治家は納得、屋外空間ではないのでシティの伝統も守られる「大人の解決」が図られました。

 

ロンドンにとって11月の第2土曜日は、とっても大切な日。
この日はロンドンのロードメイヤーの就任パレードが開かれる日です。

一言でロンドンといっても、いろんなロンドンがあります。
普通のイギリス人が「ロンドン」と呼ぶのは、グレーターロンドンのことで、人口約800万人、M25という高速道路の環状線の大体のラインの内側を指します。
例えば「ロンドンの中は無料配達」とか、「ロンドンの平均のxxx」とか、そんな使い方の時です。

でもこのグレーターロンドンの中には地方自治区が33区(Cityが2つとBoroughが31)入っています。
そしてそのひとつがCity of Londonといって、大きさは1平方マイル(1.6平方キロメートル)人口約8000人の小さな地域です。
City of London は旧市街地とか、金融街などという名前でも知られていて、ローマ人が2000年前に壁で取り囲んだ町が元になっています。

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