Ireland in 1800s-現在

アイルランドとの歴史のお話の続きです。

星室庁や独自の財源を失ったステュアート朝の王権弱体化は明らかでありました。

実権を握ったイングランド議会は王権神授説や絶対王政を志向する王との対立を深めました。

 

最終的には名誉革命となりました。

王を中心とする絶対君主制から議会を中心とする立憲君主制へと移行することになりました。

清教徒革命はステュアート朝の王たちが目指していた絶対主義から脱却するという点から市民革

命と考えられています。

 

 

 

その後王政復古で再度イギリス王位に返り咲いたスチュアート朝も、続く名誉革命で王位を失うと、

アイルランド人と結び、アイルランドの領有を企てるようになりました
アイルランド人を率いたジェームス2世は、アルスターに進出し、イギリス王ウイリアム3世との戦い

に敗れ、スチュアート家再興はなくなります。
アルスターに移民したのは、以前のスチュアート家の領民でしたが、この時には、スチュアート家を見

限り、イギリス側について戦いました。

ジェームス2世の侵攻からアルスターを守り通した事により、完全にアイルランド人との決別することとなりました。

イギリスとフランスが対立するようになると、アイルランドの反乱を、フランスが支援するようになり、アイルラ

ンドでは、反乱と鎮圧が繰り返されるようになりました。

1796年の反乱に支援のフランス軍の敗北により、1800年アイルランドは完全にイギリスに併合されました。

その後アイルランドを支援するようになるのは、アメリカに移住したアイルランド人たちになりました。

たとえば金銭的・精神的支援でした。しかしこの支援により、アイルランド人たちは、民族意識を高めることとなりました。

アイルランド独立運動へとつながっていきます。

1922年アイルランド自由国が成立しました。

これらこの動きのスタートラインとなりました。

北アイルランドを除いた地域がイギリスの保護下ながら独立し、1937年に完全

にアイルランドは独立しました。

アイルランドの独立は、北アイルランド問題の解決はいまだ残されたままです。

いかがでしょうか。

これまで歴史はこんなふうにすすんできました。

根深い対立はこんなところに原点があったのかと思い知らされました。

 

 

 

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