Ireland in 1600s

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アイルランドとの歴史のお話の続きです。

 

そのころイギリスではピューリタン革命が起こり、クロムウェルが覇権を握っていました。

ピューリタン革命1641年から1649年にかけてイングランド・スコットランド・アイルランドで起きた内戦・革命です。

1638年の主教戦争から1660年の王政復古までを含み、「大反乱」「三王国戦争」が「イギリス革命」といわれています。
クロムウェルは、アイルランドの反抗に、徹底的に対処し、反乱を次々に鎮圧し、イギリス領として確定させます。

ステュアート朝期イングランドは国教会による王の絶対主義によって維持されきたのです、その後富をえて上

昇する者と没落する者がはっきりとするようになりました。

当時、社会のしくみが絶対主義の確立されたテューダー朝期とは大きく変革しつつありました。

 

そして、三十年戦争では、1624年にフランスの呼びかけに応じてデンマーク=ノルウェーが対ハプスブルク同盟へ

加担していくこととなりました。それが結果的に資金の投入のしすぎで王室の財政難へと導きました。

 

そして最終的にイングランドではピューリタニズムの影響を受けて民衆運動が盛んになりました。

その後、この動きは加速し、大規模になっていきました。

国王派(騎士党)と議会派(円頂党)の対立はますます激しくなり、議会派が勝利して内紛は幕を閉じました。

議会派内でも内部対立がおこって第二次イングランド内戦

 

そして1654年に英西戦争が始まってダンケルクを占領したのち護国卿政は5年で破綻することになりました。
1660年の王政復古によって清教徒革命は失敗に終わることとなりました。

このようにイングランド・スコットランド・アイルランドは王政になったわけです。

 

いかがでしょうしょう。

このような1600年代の歴史をへて次の期へと進んでいきます。

次記事へつづく

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