イギリスを代表する作家シリーズ Dame Agatha Mary Clarissa Christie

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前記事より続き

イギリスを代表する作家シリーズの今回はDame Agatha Mary Clarissa Christie アガサクリスティーについての続きのお話です。

そして、アガサクリスティーの作家としてのキャリアとしては、

小説家としては、もともとは父の破産と病死、自身の結婚と離婚など様々な出来事を乗り越えながらもアガサは小説家として成功をおさめたとも

言われています。

次々に発表されたアガサの作品は、たとえば『スタイルズ荘の怪事件』での推理作家としてデビューからはじまり、1920年のデビューから85歳で

亡くなるまで長編小説66作、中短編を156作、戯曲15作、メアリ・ウェストマコット (Mary Westmacott) 名義の小説6作、アガサ・クリスティ・

マローワン名義の作品2作、その他3作を執筆などが際立った経歴としてあげられます。

ほとんどが生前に発表されているのも特徴です。

特にその中でも人気を奏しているのが、『アクロイド殺し』(1926年)、『オリエント急行の殺人』(1934年)、『ABC殺人事件』(1936年)、

『そして誰もいなくなった』(1939年)などは世紀をまたいで版を重ねています。

そして世界の大ミステリーとして世界的な人気の小説です。

推理の謎解きをするエルキュール・ポアロ、ミス・マープル、トミーとタペンスといった名探偵の産みの親でもあります。

アガサ・クリスティの推理小説は旅から生まれました。

とくに離婚後のオリエント急行でのイスタンブールやバグダードへの一人旅は彼女に大きな影響を与えたといわれています。

彼女の推理小説の魅力は、殺人のトリックの奇抜さとともに、旅から得た様々な知識が背景描写に使われていることであります。

1928年10月、オリエント急行でのイスタンブール行きは、38歳の離婚後、友人の家に招待されたときに聞いた話がきっかけとなりました。

初期の作品は『ビッグ4』や『秘密機関』など国際情勢をテーマにした作品があったりドイツや日本が関係するなど国際情勢に関する話が多く

なっています。冷戦時代はソ連のスパイも話題に上っています。

知日家という話はないが多くの長編小説でわずかに日本について触れられてるのをご存知でしたでしょうか。

ストーリーにはほとんど関係のない物ばかりだが「着物」(『オリエント急行の殺人』)や「力士」(『ゴルフ場殺人事件』)などの単語がたび

たび登場するのでぜひ一度お読みいただけるといいでしょう。

また、『アクロイド殺し』では「麻雀」が登場する。英文学において麻雀が登場したのはこの頃からです。

そのファンからなるアガサ・クリスティ協会によると、彼女の作品は英語圏を越えて全世界で10億部以上出版されています。

聖書とシェイクスピアの次によく読まれているという説もあり、ユネスコの文化統計年鑑(1993年)では「最高頻度で翻訳された著者」

のトップに位置しています。

ギネスブックは「史上最高のベストセラー作家」に認定しています。

日本でも早くから紹介され、早川書房はクリスティー文庫としてほぼ全ての作品を翻訳しています。

彼女が作品を発表した20世紀初めは保守的な風潮が世間に残っており、トリックに対するフェア・アンフェア論争が起こったり、

犯人の正体がモラルの面から批判の的になるなど是非が論じられてきました。

同時にラジオや映画といったメディアが発達していたことで作品が広く知られることにもつながりました。

性格は人見知りの傾向を持ち、失踪事件(1926年)でマスコミの餌食とされたこともあり、意識的に表舞台と離れるようになりました。

これが神秘的なミステリの女王伝説につながっていった面があります。

第一次世界大戦中は薬剤師の助手として奉仕活動に従事していたことも彼女のひとつの特徴といえるかもしれません。

いかがでしょうか。

意外と知られていない、事件などもあったのではないでしょうか。

華々しい成功の裏では、そんなことがあったのかと初めて知った事実もいくつかあります。

また、ミステリーファンのかたはもちろん、そうでない方にもおすすめの本がいくつかありますので、

今後ご紹介していきたいとおもいます。

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